カンボジアにある小さな英会話スクールの大きな挑戦

「国際協力の闇」を元NGO職員が明らかにする―善意を無駄にしないために

 
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多くの人が「国際協力」とか「ボランティア」とか聞くと無条件になんかいいことしてると思いがちだ。

それを支援している人たちも含めて。

もちろんこれは「困っている人を助けたい」という善意からきているのだとは思う。

ただその善意が逆に被援助者を傷つけてしまうことがある。

 

今回は善意によって歪められた支援をNGO職員だったときに実際にあった話をもとに見ていくことにしよう。

※この記事は支援や善意そのものを否定するものではなく、現地の状況にあった支援をしていこうという啓発を目的としている。

 

善意によって歪められた支援

事例1:子どもたちにLLのTシャツをプレゼント

ある日一人の男性がやってきて「いらなくなったTシャツを子どもたちにプレゼントしたい」と言い20枚くらいのTシャツを寄付してくださった。

もちろん、善意は伝わる。ただ、彼は四つミスを犯してしまった。

  • Tシャツの枚数と子どもたちの人数が合ってない
  • Tシャツのデザインが昭和
  • Tシャツのサイズが全部LL
  • そもそもTシャツを必要としていない

 

ミス1:Tシャツの枚数と子どもたちの人数が合ってない

現地の状況を事前にヒヤリングせず、ノリと勢いで物を送る支援をするとこんなことになってしまう。

Tシャツの枚数は30人以上いる子どもたち全員にいきわたらなかった。この時点で致命的である。

言い方は悪いかもしれないが、今回は別にいらないTシャツだったから平和的に終わったが、本当に必要とする支援の場合、争いが生まれる。村単位の支援の場合、それで暴力事件すら起こることも。

 

ミス2:Tシャツのデザインが昭和

物資支援という形でTシャツをあげるのは少々微妙だが、プレゼントと思えばその選択自体は悪くない。

ただ、プレゼントにしてもそのTシャツのデザインのせいで台無しである。

Tシャツのデザインは、1970年とかの日本のアイドルの写真のプリント。

もちろん誰も知らない。

 

ミス3:Tシャツのサイズが全部LL

これは致命的である。

子どもたちは大人の自己満足のためにその人がいるときに一回着たきり二度と着ていない。

あなたは自分の子どもにLLのTシャツをプレゼントしますか?

 

ミス4:そもそもTシャツを必要としていない

最終的にはこれに尽きる。2018年当時のプノンペンの平均月収は250$くらい。

イオンにあるような高級品は難しいかもしれないが、マーケットで買える一つ5$くらいのTシャツだったらほとんど誰でも買える。

大切なのはイメージではなく実際にヒアリングして、現地のニーズに合ったものを支援すること。

 

事例2:「貧しいけどキラキラしてる」絵が撮りたいメディア

私は以前NGOが運営しているフリースクールに勤務していた。

そこはけっこうアクセスが良い場所に位置していたこともあり、毎日多くの訪問者がやってきた。

メディアもそのうちのひとつだ。

(無論すべてのメディアではないが)彼らの質問がひどいわけだ。

大人数の日本人の大人に囲まれて「日本は好きですか?」と聞かれて、「はい、好きです」以外の選択肢があるだろうか。

 

また「将来の夢は何ですか」と聞かれることもある。

本当は将来の夢なんてない子どもも多い。10歳そこらの子どもに明確な目標がある方が奇跡である。

しかしカンボジアの子どもたちは空気を読めてしまうので、その場でみんなが尊敬していると思われる「教師」や「医師」などと大人たちが期待する夢をでっち上げる。

 

「日本のどういうところが好き?」などとよくわからない質問も飛んでくる。

日本に行ったことがないのに、なぜその質問をするのだろうか。

彼らいわく、「子どもたちの考えを引き出している」とのこと。

子どもたちの考えを引き出しているのはなく、誘導だと思った。

 

事例3:「貧しい」子どもたちの笑顔が見たいから支援する人

ある日、「貧しい子どもたちに豚の丸焼きを食べさせてその笑顔を見るのが生きがい」という人物がメディア陣を連れてやってきた。

豚を焼いたり全員が食べるところを用意したりと結構準備に時間がかかったが、子どもたちも豚の解体などはあまり見たことがなかったからか結構楽しそうにしていたと思う。

 

参加者がくたくたになってようやく食べられるようになった豚の丸焼き!

味は…普通だった。子どもたちもそう思っていた。

そういえば毎日のようにバーイ・サイ・チュルク(豚肉ごはん)を食べてるからか特別感はないのかもしれない。

しかし、豚肉を淡々と食べている子どもたちを見て、丸焼きを提供した人物は心底がっかりした様子だった。

「思っていたよりもみんなきれいなかっこうをしていて、丸焼きを食べても目を輝かせていない。フィリピンの子どもたちにあげたときはもっと輝いていた。」

 

彼がほかのもっと貧しい子どもたちに丸焼きを食べさせたいからどこかないかと尋ねられた。

私はプノンペンの貧困率は年々下がっていて、バーイ・サイ・チュルクも食べられない子どもは少なくともプノンペンにはほとんどいないだろう。ただ大人のホームレスの人は見かけるので彼らにあげたらどうかと提案した。

 

かえってきた答えは「ぼくがやりたいのは大人たちじゃない。貧しい子どもたちを笑顔にしたいんだ。」

 

まとめ

まとめると、支援するのはいいけれど、現地のニーズを把握してから支援することが何よりも大切である。

また、発信するときは、何かのフィルターを通さず「ありのままの姿」を発信すること。

 

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