カンボジアにある小さな英会話スクールの大きな挑戦

日本だって大変なのになぜ海外ばかり支援するのか?という問いに対する答え―社会的つながりモデルから

 
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前回は、海外ばかり支援して日本では何もしないのかという批判に対する反論を帰責モデルの立場から考察していった。

http://tatsokumoto.com/global-justice1/

ただ、高度に構造化された問題は帰責モデルでは対応できない。

今回は、帰責モデルに対する反論と別の立場から、国境を超える義務や責任について考えていきたい。

 

帰責モデルに対する批判

不公平な取引を要求する世界システムを作ったのは私たちなのだから、私たちが何らかの責任を負わなければならないとする帰責モデルは確かに明解だ。

しかし、世界システムは構造であり、構造的暴力下では特定の誰かに帰責することは極めて困難であるから、帰責モデルは適用されない。この点について、ヤングもこのように述べている。

 

帰責モデルが構造的不正義に適用しえない主たる理由は、構造が通常は許容されている規則や実践に従って行為する多くの人びとによって生産され、再生産されているからであり、構造上のプロセスの本質というのはまさに、潜在的危害を遡って誰か特定の関与者だけへと至ることができないという点にあるからである。(Young 2014:149)

 

例えば、とある農民が大病に罹ってしまったとする。大病を治療するためには高額な医療費を支払わなければならない。彼にそんな貯蓄はない。そこで彼は自分の土地を売却してそれで治療してもらった。

幸い彼は無事に治癒したが、彼は土地を売却してしまったので今まで通り農業することができなくなり、小作農で働くことを余儀なくされた。

この場合、責任はどこにあるだろうか。このように世界システムの中の人々の貧困まで帰責モデルを適用させることは難しい。

 

社会的つながりモデル

そこでアイリス・マリオン・ヤングが唱えたのが「社会的つながりモデル」と呼ばれる理論だ。

彼女は著書の中で社会的つながりモデルをこのように説明している。

 

社会的つながりモデルは、加害者を選定するのではなく、社会背景としての諸条件を考察する。責任を負わせるという第一の目的は未来志向的である。社会的つながりモデルにおける責任は、その本質において分有されるものである。したがってその責任は、集団的行動によってのみ果たされる。

(Young 2014:157)

 

構造を作った責任者が仮に現れたとしても、その存在に対して帰責するだけでは、構造そのものは変わっていないため、構造的暴力・不正義は再生産されることになる。

そこでヤングは、責任を過去に遡及させるのではなく、全体に分有させ、それでもって未来を変えていこうとする未来志向的な責任モデルを提示した。

 

まとめ

私たちに求められているのは構造を作り出した犯人を追及することではなく、不正義を生み出す構造があることを理解し、それを当事者意識をもって変えていこうというような未来志向的な責任を分有することなのである。

 

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